Bài phỏng vấn của Quỹ Giao lưu Quốc tế Nhật Bản đối với 3 Trưởng khoa của 3 Khoa được nhận Giải thưởng của Quỹ 2021

305
Tháng 10/2021, Khoa Tiếng Nhật – Trường Đại học Ngoại thương đã vinh dự là một trong ba đại diện đầu tiên của Việt Nam được nhận Giải thưởng Quỹ Giao lưu Quốc tế Nhật Bản.
Quỹ Giao lưu Quốc tế Nhật Bản sau đó đã thực hiện phỏng vấn đối với 3 Trưởng khoa Tiếng Nhật của 3 trường Đại học được nhận Giải thưởng, và đầu năm nay 2022, bài phỏng vấn đã được đăng tải trong đường link dưới đây:
Khoa Tiếng Nhật xin gửi đến các bạn phần trích dẫn phỏng vấn của Quỹ đối với TS. Trần Thị Thu Thủy – Trưởng khoa Tiếng Nhật, Trường Đại học Ngoại thương.
――まず初めに、ベトナムで生まれ育った皆さんが、日本語に興味を持って、日本語教育の道に進まれた経緯を教えていただけますか。
チャン・ティー・トウ・トウーイさん:(ハノイ貿易大学日本語学部 学部長/以下、トウーイ):我々の子ども時代である80年代末から90年代初めは、ベトナムがドイモイ政策を導入したばかりの時期で、まだ社会主義圏とのつながりが強かった時期です。日本を含めた資本主義国、西洋などの先進国との関係よりもロシアが中心で、ロシア語を学ぶのが主流でした。私も幼少時から高校3年生まで勉強し続けてハノイ貿易大学に入学したら、ミー先生と同じように、「ロシア語は今年から中止なので、ロシア語志望で入ってきた君たちは英語、フランス語、日本語、中国語の中から一つ選んでください」といきなり言われたんです。
子どもの頃に、着物を着た日本人女性のカレンダーをもらって「美しいな」と思い、ずっと飾っているほど日本に憧れていました。でも日本というのはやはり先進国、資本主義国ということで、地理的には近いんですが、ロシアやハンガリーに比べて、すごく遠い存在でした。だから憧れてはいたものの、まさか自分が日本語を勉強するとは思ってもいませんでした。大学では英語を勉強するという選択肢もあったのですが、英語となると優秀な人たちが多いので、新しい道を歩もうということで、全く馴染みのない日本語という新しい言語にチャレンジすることにしました。その選択をしてよかったと、今も心から思っています。
――カレンダーをもらっていなかったら、違う進路に進んでいたかもしれませんね。
トウーイ:ええ。部屋の隅っこに飾っていた日本人女性の着物姿は、まだ鮮明に記憶に残っています。
――学習者だけでなく、日本に在留するベトナム人も韓国人を抜いて2位となり、日本でベトナムの方々にお会いする機会が増えました。
トウーイ:その背景として、日本はもともと欧米や中国、東南アジアではベトナムよりも先にタイやインドネシアに進出していましたが、最近は、日米あるいは日中間で外交面や経済、貿易での摩擦が起きています。そのため日本政府や日本企業は、アメリカや中国、タイ以外の国で投資先やビジネスを展開するための場所を見つけないといけないということで、ベトナムに深く関心を向け始めたのも一つの要因だと思います。
それによって、ベトナムと日本の関係は近年ますます緊密化して、まずは戦略的パートナーシップという関係になり、さらに包括的な戦略的パートナーシップというように、もう一歩進んだんですね。そうなると、やはり両国の関係は文化・外交だけではなく、安全保障や貿易まで非常に進んでいると思います。それが一番大きなベースにあるのではないでしょうか。
現に、ベトナムへの日系企業の進出も急増していて、日本語を話せると就職先が見つけやすいというメリットがあります。そのため、もっと日本語を勉強しようというベトナムの人たちが増えてきたのではないかと思います。
また、どうして日本へ行くベトナム人が増えたかというと、独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)の統計にあるように、日本からベトナムへの進出だけではなく、日本へのベトナム企業の進出も増えつつあるんです。特にIT産業ですね。FPTというベトナムの大手IT企業はその代表と言えます。
さらに、人材不足ということで、多くの日本企業がベトナムの優秀な技能実習生をどんどん受け入れたいと考えています。そのため日本で仕事を見つける人が増えるでしょうし、それに伴って、日本で暮らすベトナム人に対してサービスを提供するベトナム企業も増えると思います。賃貸住宅や旅行、あるいはベトナム人の子どもたちに教育機会を与えるなど、いろいろなサービスがこれから増えていくのではないかと言われています。
──これを機に、そもそも言語教育とはどうあるべきかという根本的なところまで考え直す時期に来ていますね。
トウーイ:その通りだと思います。私も今回のコロナがきっかけで、語学教育とはどうあるべきかという根本の部分を考え直さなければならないところまで追い込まれました。まず、学ぶ人と教える人の気持ちの切り替えが必要です。最初はオンライン授業はあくまでも一時的なもので、コロナが終息したらまた対面授業に戻るだろうと思っていましたが、ウィズコロナの時代は、オンラインでも効率的な授業をするためにはどうするべきかという方向で考えを切り替えないといけません。
また、ブレンデッド・ラーニング*² という言葉が最近流行っていますけれども、コロナが終息した後も、対面授業とオンライン授業をどのように組み合わせて、それぞれのメリットをどう生かすか。ハイブリッドの授業を探る時期に来ているのではないかと思います。
――ほかの教科にも当てはまりますが、言語教育は特に、心の交流というものが重要ですよね。
トウーイ:心の交流はオンラインだとどうしても弱いですね。顔は見えるのですが、ぬくもりというか、温かみは画面越しではなかなか読み取れません。チームワークとか学生同士の接触も、この2年間ほとんどできていません。どんな世代がこれから育つのかなと、4年後の卒業生たちがちょっと心配です。
──学校や留学になかなか行けない中、学生たちのモチベーションはいかがですか。
トウーイ:私が見ているところでは、学生たちが日本に行きたがる気持ちに変わりはありません。単に日本の大学の授業を受けるために行くのではなく、勉強以外にいろいろと日本のことを体験したい、街に出たり友達をつくったりしたいという希望も大きいと思います。そのため、日本留学ではあるものの、オンラインで画面越しにしか見られない授業はあまり楽しくないという学生も中にはいます。今は仕方がないから我慢して、コロナが収まったら日本に行こうという人もいれば、学部は日本留学を諦めて、修士に回そうというふうに自分のプランを変える学生もいるかと思います。
――「ベトナム日本語・日本語教育学会」もアイデアや課題を共有する素晴らしい場だと思いますが、創設しようと思ったきっかけについてお聞かせください。
トウーイ:きっかけはやはり、この3人の強い思いです。ベトナムの日本語教育は1960年代からスタートしましたが、ベトナム全体をカバーするような組織がなく、国際セミナーや国際交流の場に出る時に、いつも大学単独の立場でしか出られないのはちょっと悲しいなと思っていたんです。歴史は長いのにベトナムだけがないのは悔しい思いもありました。だから、なんとか大学全体を取りまとめるような組織をつくって、国際的な場に出る時にはほかの国とある程度肩を並べて、大学単独ではなく国という立場で出ることができればと思い、ミー会長のリーダーシップの下で、いろいろと時間をかけて手続きを行って、ようやく2017年に我々の組織をつくるという夢が実現しました。
あとはもちろん、この学会ができたら、我々日本語教師、日本語の研究者たちが情報交換、あるいはお互いに課題として感じていること、困っていることなどを一緒にその場で話し合って、いろいろと思いを分かち合ったり、対策を探ったりできるのも非常に素晴らしいことだなと、やりがいを感じています。
どんなに忙しく大変でも、またコロナ禍であっても、年に1回、年末には必ず学会のセミナーを開催しています。毎年11月頃になると、全国の教師から「今年のセミナーはどうか」と問い合わせが来るようになっているので、それだけ定着してきたのではないかと思います。